施設案内

開館時間
午前9時~午後5時まで
入館無料、駐車場無料

休館日
月曜日
(月曜が祝日の場合はその翌日)
年末年始(12/29~1/3)
駐車場
乗用車270台
大型バス15台
(案内はこちら)

※障がい者・高齢者用の駐車場については、事前にご相談ください。

所在地
〒867-0055
熊本県水俣市明神町53番地

TEL
0966-62-2621
FAX
0966-62-2271


※資料館HPに掲載されている写真等について、無断で刊行物、WEB上に掲載することを固くご遠慮申し上げます。


水俣病犠牲者慰霊式

平成7年度水俣病犠牲者慰霊式 式辞・祈りの言葉

水俣市長 式辞
 水俣病犠牲者慰霊式を挙行するにあたり、水俣病の発生によって犠牲となり尊い生命を失われた方々の御霊に対し、謹んで哀悼の意を表します。
 すべての生物の発生源である恵みの海を人々は「母なる海」と呼びその恩恵に日々感謝しながら暮らしてまいりました。水俣病は、その母なる海が狂ったことから始まり、チッソ水俣工場から流された重金属によって狂ってしまった黒い水俣湾の海は、次々に魚介類から人間まで痛めつけ殺していきました。母なる海の子供たちである沿岸の人々は身も心も傷つき、怨念、誹謗、中傷の大きな渦に翻弄され、住民感情は幾筋にも分裂されてしまったのであります。
 あれから半世紀、水俣の海は今、ゆったりとたゆたい美しく、海中には魚や貝、サンゴなど多くの命が誕生し成長しはじめました。母性を取り戻した海は地域社会をも甦りへと導きつつあります。
 しかし今もまだ「生きているうちに救済を」と願いながら、多くの方々が亡くなられていくのは誠に残念であり、慚愧の念を禁ずることができません。
 最近、与党水俣病問題対策会議を中心に水俣病問題の解決に向けた動きが高まってきたことに心から感謝をいたしますとともに、その早期実現に大きな期待をいたすものであります。水俣病公式発見からやがて四十年を迎えようとしており、これ以上救済を求める人々を放置することは、人道上大きな問題であり、一刻も早く全面的な解決のため国に対し高い次元でのご決断を求めるものであります。
 水俣病問題は複雑多岐にわたり、金銭的補償だけで終わるものではありません。健康被害とともに地域社会の崩壊によって住民の受けた大きな経済的打撃と深い心の傷も償われなければなりません。そのために、被害者の早急な救済とともに人間の尊厳の回復と犠牲者の慰霊の継続が必要であります。加えて、公害の悲惨さ、その復元の困難さなど水俣病事件を人類の教訓として歴史に止める努力や、被害者の健康管理や福祉の充実などの努力が強く求められているのであります。
 また住民の受けた長い間の経済的社会的な苦しみは、住民共通の未来が明るく展望されることで癒されるものであります。将来の世代の幸せが約束されなければならないのであります。
 そのために私どもは、自然、エコロジーと相反するとされてきた経済効率や生活の近代化が共生し調和した、まったく新しい水俣市を創造しようとしております。公害のまちから百八十度変身しようという試みであります。
 しかし、公害の傷跡は余りにも大きく深く、その回復は小さな水俣市の能力をはるかに超えるものがあります。国・県におかれても水俣市民の新たな取り組みが成功しますように積極的なご支援をお願いするものであります。
 市民それぞれの立場で、水俣病約四十年の真摯な反省をもとにして、甦った美しい海や自然と心やさしい人々の織りなす水俣の風情が、やがて世界から賞賛の目を集める日を夢みて、新しいまちづくりに邁進することを誓い、水俣病犠牲者のご冥福とご遺族のご清福を重ねてお祈り申し上げ式辞といたします。

  平成七年五月一日
                   水俣市長 吉井 正澄
  

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水俣病患者・遺族代表 「祈りの言葉」
 海は私たち人間のふるさとです。いま私たちの目の前に広がる不知火海も、ありあまる恵みを私たちにあたえ続けてくれました。
 その海が、一企業の利益追求のために汚され、豊かであった生き物たちをおかし、ついには人間までもが傷つけられ、殺されました。
 しかもこの犯罪は、それを取り締まるべき立場の行政機関によっても見て見ぬふりをされ、見のがされてきたのです。
 三十九年前の今日、はじめて公式に発生が報告された水俣病は、今にいたるまで被害者の全貌もわからず、大きな社会問題となって世の中の注目を引いています。
 私は、今日ここに祈りの言葉を捧げるために立ちました。チッソの犯罪と行政の怠慢の犠牲となった、その数さえも確定されていない人々、有機水銀に殺された生きとし生けるものたちへの哀悼の意をあらわすためにまいりました。
 しかし、祈りとは、いまある不正を隠したり、過去のあやまちを忘れることではありません。
 私は、今なお放置され続けている未救済患者団体の代表として、現在にいたるまで解決されずにいる問題から目をそらすことはできません。
 水俣病受難の長い年月は、亡くなった方々の御不幸はもとより、残された遺族の方々の苦しみの日々でもありました。そうして、被害を受けながらも、それと認められずに他界した方々の無念の思いの積み重なりでもあるのです。
 私は、ここに水俣病犠牲者の霊に祈りの言葉をささげるにあたり、この海の豊かさを傷つけた私たち人間の罪を見つめ二度とあやまちをくりかえさないよう、残された問題の解決に向けて全力を尽くすことを誓います。
 水俣病の犠牲となられた方々の御霊よ、どうか心安らかにお眠り下さい。

  平成七年五月一日
                 水俣病患者連合会長 佐々木 清登


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熊本県知事 「祈りの言葉」
 本日、水俣病犠牲者慰霊式が、御遺族、患者の皆様をはじめ、多くの市民の皆様、関係各位の御臨席を得て、厳粛に執り行われるにあたり、熊本県を代表して、一言祈りの言葉を申し上げます。
 まず、水俣病により亡くなられた方々に対し、謹んで哀悼の意を表します。また、その御家族、御親戚の皆様方や、今なお水俣病に苦しんでおられる方々にたいしましても、心からお慰め申し上げます。
 言うまでもなく、ここ水俣湾埋立地は、チッソ水俣工場から排出された水銀を含む水俣湾のヘドロを埋め立てて出来た地であり、言うならば、水俣病原点の地であります。改めてこの地に立ち、水俣病により様々な辛苦を強いられた方々の筆舌に尽くし難い経験を御推察申し上げるとき、深い悲しみの情を禁ずることができません。
 水俣病の発生以来、県といたしましては、患者の方々への補償、救済や水俣湾埋立地の整備事業、さらには地域の再生を目指した様々な事業など、国や地元水俣市などと共に精一杯の努力を行なって参りましたが、水俣病が公式に確認されてから来年で四十年の節目を迎える今日においても、水俣病問題の解決を見ていないことは大変残念なことであり、一日も早い解決に向け全力を挙げて更なる努力をしていかなければならないとの決意を新たにするものであります。
 近年水俣市では、水俣病患者の方をはじめ、市民の方々が徐々に、水俣病や水俣病に起因する様々な問題について、お互いの立場の違いを越え、率直に話し合えるようになってきておられるようにお見受けしております。最近の いわゆる「もやい直し」の動きも、市民の皆様が互いの痛みを分かち合いながら、対話や交流を進めてこられた結果ではなかろうかと考えております。今後も、水俣病問題をはじめとする地域の様々な問題について、市民の皆様が互いに話し合い、いろんな意見を出していただきながら、地域社会の再生を進めていただけたらと思います。
 県といたしましても、大きな犠牲によって得られた経験を謙虚に受けとめ、患者救済問題をはじめ、患者の皆様の生きがいづくり、地域社会の再生など、なお残されている水俣病問題が早期に解決できますよう、引き続き全力を挙げて取り組んで参りたいと考えています。
 ここに重ねて水俣病により亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りいたします。

  平成七年五月一日
                熊本県知事 福島 譲二
 

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チッソ株式会社代表 「祈りの言葉」
 水俣病犠牲者慰霊式にあたり、御霊の安らかなることを謹んでお祈り申し上げます。
当社は、明治四十一年水俣のこの地に創業して以来八十有余年、地域の皆様に支えられ、地域の皆様とともに歩んでまいりました。しかるに、この間、工場排水に起因して水俣病の問題を引き起こし、このため犠牲となられた方々までありましたことは、まことに痛恨の極みであります。
 私どもは、この経験を心に刻み、再びこのような公害問題を起こさないよう固く心に誓います。
 ここに、改めて深くお詫び申し上げますとともに、心からご冥福をお祈り申し上げます。
現下の経済環境は緩やかな回復過程にあるとはいえ、昨今の急激な円高の影響等によりまことに厳しい状況にありますが、私どもは全社一丸となってこの困難を克服して、水俣病補償責任を完遂し、地域の発展にいささかなりともお役に立つことが当社に課せられた責務であると考えております。そして、このことが犠牲となられた方々の鎮魂のために、また、地元水俣市の皆様をはじめ、国、熊本県などご関係の多くの皆様からのご支援にお応えする最善の道であると信じております。
 これらのことを固く肝に銘じて、日々一層の努力を重ねますことをここにお誓いして祈りの言葉といたします。

  平成七年五月一日
                チッソ株式会社常務取締役水俣本部長  岡本 彬
 

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中学生代表 「祈りの言葉」
 水俣は、美しい花やきれいな川、そしておいしい空気などのたくさんの自然に囲まれた住みよい街です。
 しかし、水俣病の発生地ということで、他の地域の人達にはあまりよい印象をもたれていないようです。
 「世界の水俣」「世界の水俣病」というけれど、この狭い日本でさえ本当の水俣病を知ってる人は少ないと思います。水俣に住んでいる私達若い世代がもっと水俣病のことを学び、現実の水俣病を世界中の人々に語りつぐことが、水俣で生まれ育った私達の使命だと思います。
 水俣病問題を大きな教訓として、環境問題に関心をもち公害のない明るい水俣にするため私達にできることから取り組んでいきたいです。
 日頃、私達は授業の中で水俣病について学習していますが、昨年は水俣病資料館を訪問しより深まった水俣病学習ができたと思います。また私達水俣第一中学校生徒会では水俣川沿岸のごみをひろって水俣川をきれいにするクリーン作戦や、夏休みには保護者の方々と協力しあってあきびんなどを集めるリサイクル活動を行って環境を守るためにささやかな努力をしています。私達の身近な一歩一歩の努力の積み重ねで、この美しい水俣の自然を守ることができると思います。
 水俣に住む私達だからこそ、ひとりでも多くの人に公害の悲惨さや環境を守ることの大切さ自然のすばらしさを知ってもらえるように呼びかけていき、美しい自然と活気があふれる将来の水俣をめざして取り組んでいくことが求められると思います。そのような期待にそえるような若者をめざしてがんばっていきたいと思います。
 最後に、水俣病によって尊い命を失われた方々の御冥福を祈り遺族の方々の悲しみを思いつつ私達の決意と祈りの言葉といたします。

  平成七年五月一日
                  水俣市立水俣第一中学校  小形 友介
 

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実行委員長 「祈りの言葉」
 水俣病の公式発見以来三十九年を迎え、水俣病犠牲者慰霊式が執り行われるにあたり、水俣病の発生によって犠牲となられた方々の御霊に対し、謹んで哀悼の意を表します。
 本日は、ご多忙中にもかかわりませず、ご遺族や患者団体の方々、環境庁、国会議員の皆様、熊本県知事、関係市町の皆様方並びに市民多数のご臨席を賜りましたことに厚くお礼を申し上げます。
 人類が初めて体験した巨大な環境破壊事件をも言われる水俣病の発生により、多くの人たちが犠牲になりました。犠牲者の無念の想い、働き手を失い苦しい生活を強いられたご遺族のお気持ちを拝察いたしますとともに、病に苦しんでおられる方々、介護にあたっているご家族に対し衷心よりお見舞い申し上げます。
 また、今もなお救済を求める人が現存しているにもかかわらず、未解決のまま推移していることは残念でなりません。一刻も早い救済をお願いしたいと存じます。
 しかしながら、水俣病問題は金銭的補償だけで解決できるものではありません。
いわれのない偏見や中傷、差別を受け、言うに言われぬ苦悩を重ねてきた患者の傷ついた心を癒し、人間の誇り、尊厳を回復していかねばなりません。また、水俣病事件から多くのことを学ぶことを世界に訴えたいと存じます。
 水俣市では、水俣病問題の解決に努力し、水俣病に正面から取り組み、共存・共生していこうという動きがでてまいりました。市民の会をはじめ市執行部、市議会、市民が一丸となり、国・県のご支援を得て、患者救済と地域の再生・振興のための努力が続けられ、水俣病の体験を貴重な教訓とする地域づくりが進められています。
 あなた方の尊い犠牲を決して無駄にはいたしません。水俣病の悲劇を二度と繰り返さないよう内外に訴えてまいります。安らかにお眠りください。
 ここに、犠牲者のご冥福をお祈りし、併せてご遺族の皆様方のご清福を衷心より祈念いたしまして、祈りの言葉とします。

  平成七年五月一日
             水俣病犠牲者慰霊式実行委員会副委員長 石田 勝
 

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